異邦人 (新潮文庫)のレビュー
偽りの生か、誠の死か
‘今日、ママンが死んだ’冒頭から「ママン」で笑ってしまった(フランス語だから可笑しいところは何もないのだが)。ママンが死んだ翌日、主人公ムルソーがとった行動がのちに思わぬところで悪い方向に作用してしまう。道理とされていることからはみ出した者を排除する社会。それでいいの?とも思うし、そうしなければ社会として機能しないとも思う。 ムルソーは‘太陽が眩しかったから’人を殺したと言っていたが、これは本心なのか。本心ならば、私には理解できない。全くわからない。その一文に人間の本質をみた気がする。 何故だか‘灼熱’で終わるタケシ映画を思い出した。
私の嫁さんは異邦人!?息子と娘は半分異邦人?
この本と最初に出会ったのは、中学3年の時だったかな?とにかく鮮烈な印象を受けて一気に1時間くらいの間に読んだことを覚えています。普段から芥川とか好きで読んでいたのですがそういう意味では新鮮だったのかもしれない。個人の内面を鋭くどっか心当たりがありありのところが自分とダブっていつしか自分を客観的に見ているもうひとりの自分になれました。この本は妻が一度捨ててしまったので新たに買い求めて今は14歳になる息子が読んでいます。感受性の違いや育った環境によって受け取り方も違うと思いますが人生においては何らかの糧となるものだと固く信じているところです。息子は英語圏で勉強しているのでこの本の原本を読むことができるならそれはとてつもなくうらやましいことでしょうね!みなさん一度手にして読んでみてください。自分の内面に触れることができるかも?
読むべき本でありながら読まなくてもいい本
この本がおそらく読者に投げかけたいのは、世間とどう付き合っていくか、世間を無視しようとするとどうなるかということです。世間を無視するかのように、自分の考えを通し抜いたムルソーに高尚さを感じたのが個人的な感想です。
自分と社会の間に隔たたりを感じているなら読んでみると面白いかもしれません。
自分と社会の間に隔たたりを感じているなら読んでみると面白いかもしれません。
社会と個人
主人公はちょっと変わってはいるものの、
殺人さえしなければ、このまま生きて死ねた人で
実はどちらかというと脇役的な人物な気がする。
主人公が考えていることはキリスト教がどうでもよく、
特にこれといって信じるものがない日本人にとっては
なんとなくさらっと入ってくる考え方で、
しかしそこにアメリカ人っぽい不思議な論理的センスみたいなものがなく
ただ自然をあるがままに身に受けながら生きている感じが
なんとも健全に見える。
事実彼は人を殺したかったというより
ある時引き金を引くことになった、
というような淡白さでことをこなしているし、
何事にもそのような姿勢で臨んでいるような気がする。
この自分への固執のなさという一種の人間的美徳がかえって
他人や宗教や社会とのつながりを欠いてしまったことに
この主人公の運命的な不運があるわけで、
とにかくこの主人公は不運だとしか言い様がない。
彼は能動的に他人に危害を加えることもなく、
ただただ与えられた仕事はこなし、
人の動作や言葉をいつも観察して、
その場その場で適切な自分でいようとしている。
しかしそこに社会への理解がなかったから、
ある観点からすると行動はちぐはぐな、"死刑適格"なものにうつる。
とにかく不運な人としか言い様がない。
主人公はちょっと変わってはいるものの、
殺人さえしなければ、このまま生きて死ねた人で
実はどちらかというと脇役的な人物な気がする。
主人公が考えていることはキリスト教がどうでもよく、
特にこれといって信じるものがない日本人にとっては
なんとなくさらっと入ってくる考え方で、
しかしそこにアメリカ人っぽい不思議な論理的センスみたいなものがなく
ただ自然をあるがままに身に受けながら生きている感じが
なんとも健全に見える。
事実彼は人を殺したかったというより
ある時引き金を引くことになった、
というような淡白さでことをこなしているし、
何事にもそのような姿勢で臨んでいるような気がする。
この自分への固執のなさという一種の人間的美徳がかえって
他人や宗教や社会とのつながりを欠いてしまったことに
この主人公の運命的な不運があるわけで、
とにかくこの主人公は不運だとしか言い様がない。
彼は能動的に他人に危害を加えることもなく、
ただただ与えられた仕事はこなし、
人の動作や言葉をいつも観察して、
その場その場で適切な自分でいようとしている。
しかしそこに社会への理解がなかったから、
ある観点からすると行動はちぐはぐな、"死刑適格"なものにうつる。
とにかく不運な人としか言い様がない。
[PR]面白い 話

全てのものには意味がないとし、瞬間に感じる欲望や感情を真理とする若者(ムルソー)のお話。
「人間の不条理」を描き、当時はセンセーショナルな内容であった。
キリスト教と不条理ムルソーとの対決が中心となり物語は進む。
19世紀末にニーチェにより神が殺されたが、その影響を色濃く残している。
ムルソーの言葉で引っかかったのが、
「健康なひとは誰でも、多少とも、愛する者の死を期待するものだ。」P68
愛するが故にその死までを想像してしまう、
想像し、意識に上がった瞬間に願望してることと等しい。
と解釈したのだが、どうだろうか?