百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))

百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))

パブリッシャー
新潮社
価格: ¥2,940

百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))のレビュー

500頁近い長さが短く感じられる魅力をもった長編小説

 南米コロンビアの街マコンドに暮すブエンディア家の6代100年に渡る歴史を描く小説。

 登場人物たちを貫くブエンディア(Buen dia=良き日)という姓とは裏腹に内戦、家族間の諍(いさか)い、近親婚など、暴力と波乱に満ちた日々が描かれていきます。
 いや、見方を変えれば、これだけ波乱に満ちた日常も、「良き日」というのどかで無邪気な名字のせいか、立ち上がれないほどの痛みが伴わないという、不思議な魅力にあふれた物語であるともいえます。

 登場人物たちの行動に南米先住民族を想起させる呪術的な色合いがある点もこの物語に凄惨さを与えない理由の一つでしょう。
 また各男性陣はラテン文化特有のマチスモを確かに備えていますが、それに屈しないしたたかさを女性陣が皆湛(たた)えているため、これまた打ちひしがれたといった思いを残す登場人物がいないのです。

 殊に印象に残ったのは次のくだりです。
 「『仕方がないさ。時がたったんだもの』
  つぶやくようなその声を聞いて、ウルスラは言った。『それもそうだけど。でも、そんなにたっちゃいないよ』
  答えながら彼女は、死刑囚の独房にいたアウレリャノ・ブエンディア大佐と同じ返事をしていることに気づいた。たったいま口にしたとおり、時は少しも流れず、ただ堂々めぐりをしているだけであることをあらためて知り、身震いした。しかしだからといって、あきらめはしなかった。」(385頁)

 人間は生まれて死んでいく過程で何かを積み上げ次世代へ伝承し、そして進歩を促すことを旨とするところがあるでしょう。しかしこの小説の人々の性癖や行動原理は100年を経ても進化も深化もありません。一直線の確実な進歩に懐疑的な作者の思いが投影されているのでしょうか。永劫回帰的な物語展開に強い説得力を感じるのです。

 頁を繰りながらやがて物語が果てることがとても惜しまれてならなくなる小説です。
真のエリートにオススメ?
 梨木香歩さんが解説をされているので読んでみましたが、いや〜読むのがとても大変でした。
タイトルは逸品で、確かに所々おもしろい表現や深い表現はありました。しかし見栄を張らず
に言うと、私はこの物語の中にあまり入り込めませんでした。期待し過ぎたかな...?
 勝手な直感ですが、この濃い〜個性的な物語は、シニカルな意味ではなく、受験戦争などに
勝ち抜いてきた真のエリートの方々にこそオススメな気がします(釈迦に説法でしたねスミマ
セン)。
要約不可能
もはや要約不可能である。
ブエンティア一族を巡る突拍子もないあれやこれやの出来事がただただ延々と叙事的に綴られていく、それ以上でも、それ以下でもない物語だ。
一族の宿命とも言うべき愛の欠如と孤独。
ウルスラが嘆くように、一族は果てしない不幸の螺旋階段を無限に昇降する。
そこにいかなる寓意を読み取るか。
マコンドの盛衰を、人類史のカリカチュアとして読む事も可能かもしれない。
あるいは、ニーチェ的な永劫回帰の一つの表現として読む事も可能かもしれない。
ただ、私は安直な寓意の読み取りは避けたいと思う。
なぜ、彼等がかくも不幸であったのか。ホセ・アルカディオ・ブエンティアならこう言って笑うのだろう。
「それはとても簡単なことだ。俺の頭がおかしいからだ」 
こんがらがりながらも読み進めるべし
ブエンディア家の祖先ホセ・アルカディオ・ブエンディアが家族と仲間とともに開いたマコンド村と、その中心にいたブエンディア一族の100年にわたる栄枯盛衰の物語。
国家との闘争と享楽が繰り返すなか、いろいろな形でブエンディア家も子孫が生まれていく。
村が開け、産業が興り、鉄道もつながるが、ブエンディア家を軸に描かれたマコンド村の様子を通じて、結局、世の中って男と女しかいない人間たちが関係しあって成り立っていくものなんだよね、みたいなことを思う。
そのこと自体も物語の主要なテーマであるわけだが、似たような(というかほとんど同じ)名前が繰り返し出てくるため、進むうちに”これ誰だっけ?”と、ぼんやりしながら読んでいた時間が実は結構あった。
しかし、それでもお構いなしにぐんぐん読み進めていくうちに、人間たちのバイタリティ、弱さ、一途さ、そして悲しさのようなものが感じられた。
大河ドラマ。
通勤かばんにはちょっとカサバるハードカバー約500ページは読み応えがある。
買いです。
20年振りかの再読でした。前回どういった感想を持ったのか我がことながら判然としないものの、とても笑える場面が随所に散りばめられているというのが今回の読後の印象です。マコンドという架空の街を舞台にホセ・アルカディオ・ブエンティーヤを祖とする一族の物語、といえば言えるのでしょうが、そんな言葉では片付けられないほど圧倒的な細部とエピソードで組み上げられており、そういった要約を拒むような在り方自体がこの作品の大きな魅力になっています。また、今回読んで思ったことのひとつは、この作品の密度は圧倒的な細部とエピソードということに加えて、わざと煩雑に絡み合い、読むものを混濁させるような一族の名前の付け方によっても生じているのだということです。慣れるまでかなり読み辛く、根気を要しますが、家系図を作ってみたりなど工夫を凝らしたりしながら(途中でバカらしくなってきますが)丁寧に読み込んでいけば、必ずそこに明澄な視界が大きく広がってくると思います。でも、解説でも触れられていますが、いよいよ物語も終わろうとする頃になっていきなり、「文学は人をからかうための最良の玩具」のいう文字が目に飛び込んできたときには、一瞬狐につままれたような気持ちになりましたが、作者の真意は案外こんなところにあるのかもしれませんね。